食べられるために生まれてきた動物

☆動物って生きるために生まれて来たんだよね☆

 お弁当をいただいたとします。お弁当の中身は、『お肉・お魚・野菜・ごはん』だったとしましょう。もちろん、ベジタリアンの人は肉・魚を食べられませんから、食べるのは野菜・ごはん、残すのはお肉・お魚になるでしょう。

 それで、問題になるのは、その残されたお肉・お魚さんたちのことなんです。
 『健康によいから』などの理由でベジタリアンになった人にはピンと来ないかも知れませんが、たとえば『動物愛護』とか『宗教的』な理由からベジタリアンになった方の場合、なにか感じられているはずです。

 私も「牛さんや魚さんを食べるなんて、生きている動物を食べるのは非常にかわいそうだ」という気持ちもあって、ベジタリアンになりましたから、時々、考えるんです。
 動物たちって、生きるために生まれてきたんですよね。やっぱ。


☆食べられるために生まれてきた動物は?☆

 だけど、肉食動物って草食動物を食べて生活していますよね。肉食動物にとってはそれが当たり前なわけで、そうしないと生きていけません。

 それと同じとは言いませんが、人間が食べるために殺されて調理された牛さんや魚さんたちもやっぱりいるわけです。その動物たちを「私はベジタリアンだから食べない」という理由で、ポイっと捨ててしまっていいのかなあ?って素朴な疑問があるわけなんですよ。
 お弁当に入っていたお肉やお魚って、食べられるために調理されたんだから、食べられることが必要なんじゃないかなあって。

 このようなメールをいただきました。


☆考えさせられるメールをいただきました☆

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 ヴェジ/ノンヴェジであれ、食べ残すのは大罪と言いたい。料理された命はもう帰っては来ない。DOGGY BAGにでも入れて貰って、誰か、でなければ犬か野良猫にでも上げるべきでは?
 その理由が何であるにしろ、命を無駄にしないためにも誰かが食すべきだと思います。
 宴会でも食べないのは自由でしょう。問題はその後、箱でも貰って持ち帰る事です。

 ヴェジだからと言って、ましてやそれが体質的に合わないからと言う理由で、動物の命を無駄にする権利が誰にあるでしょうか?
 どうして飢えた者がいるか?一つには食べ物を粗末に無駄に棄てる者がいるから。もう一つには飢えた者に無関心な者が居るから。

(提供 バルセロナのひんどう教徒さん)

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☆良い解決策ってありませんか?☆

 まあ、罪という概念は宗教的ですから、それは別として、このメールに共感できるところはたくさんあります。

 私の家では幸い、犬を飼っていますから、そんな風に出された料理は犬にあげています。それから、結婚式などで出された豪華な料理は、持って帰られるぶんは家に持ち帰り、親にあげてます。
 だけど、ペットも飼ってなくて、一家全員ベジタリアンな場合はどうすればいいんでしょ。

 う〜ん、良い解決策があるといいんだけど。