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●◇●◇● ほぼ毎日まるまのお笑いベジタリアン 第28号
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○ベジタリアンって本当に正しいのか2
目次
1.まるまのコラム
2.ベジを認めるノンベジの方のご意見(投稿)
3.ベジとノンベジが仲良く共存できるように(投稿)
4.やっぱりベジタリアンはこう思うのです(投稿)
1.抗生物質の入ったにわとり
抗生物質ってご存知ですか。病院で注射を受けた方もおられると思います。この抗
生物質っていうのが「あんまりよくないんじゃないのか」と疑いを持っている医者も
増えているみたいなんですね。
抗生物質っていうのは、体の中にいる病原菌を殺して、それで病気を治療する、と
いうものです。
ところがその菌の中には、突然変異を起こして、その抗生物質がまったく効かない
菌っていうのが生まれてくるんだそうです。そうなると、今までの病原菌が全部いな
くなっているところに、まったく効かない菌が生まれるものだから、その新しい菌が
抗生物質をモノともせずにジャンジャンと増えてくるというわけなんです。この新し
い病原菌のことを『耐性菌』といいます。
そうなると、それまでの抗生物質はまったく効かなくなってしまい、さらに強力な
抗生物質が必要となってくるんです。それで、それも効かなくなり、また新しい抗生
物質を投与して…。と、繰り返し強力な抗生物質を投与するわけです。
しかし医学にも進歩の限界っていうのがあって、今、バンコマイシンという抗生物
質が一番強力な抗生物質なんだそうです(先日、バンコマイシンよりも強力な抗生物
質ができたというニュースはありましたけど、まだ、研究段階だそうです)。
ということは、バンコマイシンでも効かない耐性菌ができてしまうと、もう、今の
医学ではお手上げ状態なんだそうで、ほとんどの場合は亡くなってしまうそうなんで
す。
とまあ、かなり危険と隣り合わせなのが抗生物質ってわけで、今、その投与を見合
わせるお医者さんも増えているってわけです。
「じゃあ私は、病気になって病院に行っても、絶対に抗生物質の投与は拒否しよう」
と思われるかも知れませんが、実はそうもいかないんです。
というのも、たとえば『鶏のエサ』の中にはたくさんの抗生物質が入っているって
知ってました?抗生物質の入ったエサをあげると、鶏が二・三割ほど大きく育ち、し
かも、早く大きくなるってわけで、日本でもだいたい三分の二の鶏には抗生物質が使
われているんだそうです。
抗生物質のほとんどは、カビなどの自然に生息しているモノから作るんだそうです
が、中には化学合成して作った抗生物質もあります。その化学合成の抗生物質が、ヤ
バイんだそうで、現在は世界的にも禁止されています。
ところがアメリカの鶏の中には、その抗生物質のエサをあげている鶏がいるんだそ
うですね。つまり、その鶏には抗生物質に対する耐性菌が生まれるわけなんですね。
その鶏の肉を温めきれずに食べてしまうと、食べた人の体内に耐性菌が入ってきて、
その抗生物質が効かない人間になってしまうっていうわけです。
とまあ、鶏の肉はあんまり食べない方が良いみたいだってことを言いたいわけなん
ですけど、ちょっと心配なことがあるんです。
鶏卵。にわとりさんのたまご。私、食べているんですけど、だいじょうぶなんで
しょうか。いろいろ調べてみたんですけど、鶏肉のことは書いてあるんですけど、鶏
卵のことについてはないんですよね。だけど、きっと抗生物質を使ったエサを食べた
鶏が産んだ卵には、耐性菌が入っているんだろうなあって思うんですよ。ホント、良
いのかなあ。
第25号でメール掲載させていただいた、あかりさんの件について、いろいろなメ
ールをいただきました。皆さんと一緒に読んで行きましょう。
2.ベジを認めるノンベジの方のご意見
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私は基本的にはノンベジです。
お肉が食べたい時、魚は今はなにが美味しいだろうと考える時がたまにあります。
ただ、なぜかマイノリティーのはずのベジタリアンが、周りに多いせいもあってか、
ベジに傾きかけている不良な(!?)ノンベジです。
ベジという主張、主義、そういうものを正しいと思って実行してなんで非難される
のでしょうか?例えば、仏教にしてもキリスト教にしても、宗教というものを信じて
いる人々がいて、自分達は正しいと思っていることは必ずしも問題ではないと思いま
す。
日本では主張する人々を昔から特別扱いしてきましたよね?
それは横並びのみんなとおんなじでいこうね主義が、なぜか大半を占めて来た結果
です。繁がってしまうのは、そういう社会性が日本にあるからではないでしょうか?
もちろん人に押し付けるようなことは、私もとってもうさんくさく思えてきますし、
良くないことだと思います。
私の周りのベジたちは、もちろん色んな種類のベジであるので、パーティーなんか
開くのが楽しいです。ノンベジの人がノンベジ料理を作って、ウェスタンベジがベジ
料理をあと根っからの禅宗のお坊さん(まだ若い!!)は精進料理を、というように、
自分達が自分達の食べているものをその場で作って披露したりしてます。
私も自分なりの食べ物の嗜好があるので、いい機会になってます。
自然に、自分はこうなんだ、自分のしてることを信じてるからって、人に主張しあ
える場がもっとできたらいいのにと感じます。
海外に長く住んでた頃、なにも主張するもののない淋しさみたいなものに少し恥ず
かしいと言うか、勉強不足を思い知りました。絶対にケミカルな薬を飲まない人、ボ
ートの上でのみ暮らす人、一切の刺激物を取らない人、など数えたらきりがありませ
んが、彼等は自分のポリシーをもち、繁がることもなくただ淡々と生きていたように
思います。
周りもまた、それを余裕で受け入れてたように思います。
ベジは単にベジというポリシーを持っているだけであって、本当は大して特別じゃ
ないけど、ここ日本では特別になってしまうというだけなんでしょう。
危険思想を持たない限り、人を受け入れる心と環境が私達にはとくにこれから、必
要となってくるのではないでしょうか?
(提供 あやさん)
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ノンベジの方が、こうやってベジタリアンを認めていただけるのは非常に心強いで
す。日本も早く、ベジタリアンをひとつの個性として認めてもらえるような社会にな
れば良いとは思うのですけど、まだまだ、先のことでしょう。
ただ、あかりさんの場合は『自分がノンベジ、旦那がベジ』と、夫婦という特別な
環境下にあり、頭では理解しても、実際に一緒に生活をするというのは、やはり大変
なことなんじゃないかなあ、と思います。
そのあたりをベジタリアンは理解して行動しなければならないのじゃないかな、っ
て思います。
3.ベジとノンベジが仲良く共存できるように
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ベジであることは、殺生を少しでも減らそうと努力することなのですから、その行
為自体は正しいに決まっています。人それぞれ考え方はあると言っても、生き物を「殺
す」のと「殺さない」のとを比べれば、「殺さない」ほうがいいのは当然です。(もし「
殺人は善だ」と主張する人がいた場合でも、「それも一つの考え方だ」と言って見過ごせ
るでしょうか? それと同様です。)
しかし、ベジであっても殺生をたくさんしているという事実は直視すべきです。米や野
菜を作るために農薬でどれほどの虫を殺しているか分かりません。薬ができるまでにはお
びただしい動物実験がなされています。また、道を歩けば知らないうちにたくさんの虫を
踏み殺しています。(ジャイナ教の信者は、歩くときに柔らかい箒で地面をそっと掃きなが
ら歩くそうです。また、空気中の小さな虫を吸い込まないように常にマスクをしています。
その他いろいろと注意しているそうですが、それでも殺生を完全にやめることは不可能だと
思います。)
また、殺生以外の罪も造っています。牛乳を飲むということは牛の所有物を盗んでいるわ
けですし、卵を食べるということは鶏の「子供」を奪っているわけです。
結局、人間は生きてゆく過程において数えきれない罪悪を造っているわけで、その点にお
いてベジであろうと五十歩百歩でしょう。ですから、決してノンベジの人に対して優越感を
持つ資格はないですし、ノンベジの人を非難できる立場でもありません。この点はよくよく
心に留めておく必要があると思います。
ただ、それでもなお、殺生を少しでも減らそうと努力することは良いことであり、「どうせ
殺生をやめることはできないのだから」と開き直るのは良くないと思います。(ノンベジの人
は、ベジの人の「努力」は素直に認めるべきであって、「偽善だ」「自惚れるな」などと言うの
はおかしいと思います。)
この関係はボランティア活動を例にすると分かりやすいです。ボランティアを真剣にやった
人は、「他人のためというつもりだったけれども、所詮は、自分が人から褒められたい、感謝さ
れたい、という動機でやっているにすぎない。私のやっていることは偽善だ」と思うことが
あるそうです。しかし、仮にそれが本当に「偽善」であっても、ボランティアをしないより
もするほうが良いに決まっているわけで、ボランティアをしない人がする人に向かって「あん
なのは偽善だ」「うさんくさい」などというのはとんでもないことです。
結局、私が言いたいのは「ベジは、ノンべジを見下す資格がないことを自覚すべきである」
ということと「ノンべジは、ベジの(殺生を減らそうという)努力を認めるべきである」とい
う2点です。お互いにこのように心掛けることによって、ベジとノンべジとが仲良く共存でき
る道が開けると思います。
(提供 Yassさん)
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さて、多くの日本のベジタリアンもこのように考えておられるのでしょうか。特に
あかりさんの場合は、先ほども言ったように、夫婦で自分がノンベジ、相手がベジと
いう関係です。
それで、日本では基本的にノンベジが当然の社会ですから、「ベジタリアンの入る余
地はない」という状況です。そんな中で、ベジタリアンが社会に認めてもらえるように
なるためにはどうすれば良いのか、このあたりを考えなければならないのじゃないかな
っていう気もします。
たしかにベジタリアンは正しい行為なのかも知れません。ただ、ほとんどすべての日
本人がベジタリアンの存在さえも知らない状況の中で、「正しいものは正しい」と言うだ
けでは、なかなか浸透しないんじゃないだろうか、と思うわけなんです。
このあたりに関しては、皆さんはどうお考えでしょうか。
4.やっぱりベジタリアンはこう思うのです
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心の中で「でもベジは正しいんだ」と思われているのでしょうか?そうだとしたら、
私はそこに、ベジの方達の優越感があるように思ってしまいます。自分はこんなに問
題意識を持って食べ物に接してるんだ、などなど。
「心の中ではベジタリアンが正しいに決まっている」と思っているベジタリアンから、
「肉や魚を食べないでいる人たちがいることを理解して欲しい」と言われても、(ベジ
から見たら正しくない)ノンベジな私としては、ちょっとね。。。と思ってしまいます。
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あかりさんの、このご意見、そっくり「ベジ」と「ノンベジ」を入れ替えたくなって
しまいます。私のまわりのノンベジさんたちは、ベジの私が間違っていると思っていま
すよ。彼らは私が肉を食べないのは変人でわがままでゆがんだ思想の持ち主だからだと
考えているようです。
「肉食べなきゃ栄養失調になる。」「気の毒な人ねえ。」って感じの反応が多いです。彼ら
こそ自分が正しいと思っている。
だから彼らの方が優越感をもっているんじゃないかと思います。
でないとすれば、「自分たちと違う」のが気に入らないんでしょう?自分たちがノンベ
ジであるということをバカにされている感じがしたから反論しているようには、私には感
じられませんでした。
それは私が田舎に住んでいるからでしょうか?それとも私が鈍感なんでしょうか?
(提供 Keikoさん)
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ううむ。Keikoさんの場合も同様ですね。ううむ。たしかにお気持ちは分かる
んです。私もそのように感じてしまうかも知れません。ただ、やはり「ベジタリア
ンはかなり少ない」ということを認識しておかなければいけないかも知れません。
つまり、ノンベジの人にしてみれば、「ベジタリアンは未知の存在」になるわけなん
ですね。なんていうのかなあ、「当たり前じゃない存在がベジタリアン」なわけです。
んで、それでもみんなに理解してもらおうと思った時に、いったいどうすれば認めて
もらえるのかと考えると、どうなんでしょう?皆さんはどうお考えですか。
☆情報も募集しています☆
ちまたで見かけた変なベジタリアン。ここで食べられるベジタリアンメニュー。こん
な生活もあるんだベジタリアン。自分の考えているベジタリアンについて、などなど、
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